。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚。+゚
赤ちゃんポストって何ですか。
いくつかの記事を読ませていただいたところ、
私的に概要をまとめると、こんな感じ。
*匿名で、育てられない赤ちゃんを引き取ってもらえる。
*監視カメラは付けず、「もう一度、赤ちゃんを引き取りたいときは、
信頼して、いつでも連絡してください」といった内容の手紙を置く予定。
*ドイツでは、国内に約80個のポストがあり、年間約40人の命が救われている。
*「救える命は救う」という大前提の下で尊い命を救う1つの「受け皿」となる。
*「子捨てを助長し、育児放棄につながる」という倫理的批判も上がっている。
えー、まず、ヒノは、赤ちゃんポスト反対派です。
柳沢厚労相曰く、「推移を見守りたい」とのことですが、
見守ってる間にも、子供はポストに入るんですよ。
まぁ、匿名性と言っても、活用しにくいでしょうから、
使用されるかどうかは、わかりませんがね。
今までも施設はあったハズなんです。
何が違うか。
匿名だという部分でしょうか。
「子供を捨てる」という重圧に耐えられず、人に見つからないよう捨てたり、
なんとか子育てをするけれども、虐待に至ったり、
経済的に追い込まれて、にっちもさっちもいかなくなったり。
匿名にすれば、母親も<捨てやすい>。
そういうことですかね。
好意的に受け取るなら、<子供を救う手段を母親が取りやすい>なんでしょうが。
そもそも、匿名で子供を預けるってことは、
その子、誰なんですか?
新しく戸籍を作ったところで、里子に出されて養子になったって、
産んだ親はいるんです。
幸せになるに越した事はないですが、
誰かさんの子供であることは、確かなんです。
気が変わって名乗り出たところで、戸籍上は母親だったことがないんです。
戸籍なんかじゃない、気持ちだ!とか、DNAだ!と思いますかね。
それでも、代理母等、戸籍に悩む人もいます。
戸籍、重要な問題だと思います。
一部の記事で、「里子に出され、実子のごとく愛されたほうが、幸せになれる」
「子供ができずに悩む夫婦に、かわいがってもらえる」というような記述も見られました。
子供にとっての幸せを考えた、素直な意見なんでしょうが、
私には、リサイクルショップのように見えて、仕方ありません。
捨てる者あれば、拾う者あり。
そんなんでいいんでしょうかね。
確かに、虐待する親よりは、かわいがってくれる親?
でも、虐待されてでも、実の親・・・って考えもありますよね。
最終的には、子供の幸せが問題だ、なんて言いますけど、
正解なんてないんです。
一人ひとりの考え方・感じ方の違いで、答えは違うんです。
かといって、<赤ちゃん>に選択権はないんです。
選択するのは、あくまでも、親なんです。
親の不幸は「身から出たさび」なんて思えるかもしれないけど、
子供には、なにも責任はないです。
里子を必要としていらっしゃる夫婦は、どのくらいいらっしゃるんでしょう。
命の話題で言えば、先日、犬の話題がありました。
増えすぎ、保健所に集められた犬。
引き取り手に対して、入ってくる犬の数が多く、
殆どは、駆除されることに。
今回の話でも、犬の話でも言えることですが、
「増やす前に、考えろ」
命を扱う責任について、考えさせられます。
子供を作ることが出来るようになった人間は、
成人であろうがなかろうが、結婚してようがしてまいが、
セックスしようが、しまいが、
命を預かる責任があるのだと言う事を、自覚して欲しいと思います。
大前提のお話ですが。
そして、私事ですので、環境や立場によって、
まったく同意していただけないことも多いと思いますが。
子供には、望まれて、産まれて欲しい。
そう、切に願ってます。
結婚してから、「子供は?」ってよく聞かれますが、
今は、つくるつもりはありません。
自分の子供には、幸せになって欲しいですから。
欲しくない子供は、つくりません。
私は、母がやや若い頃に生まれました。
舅・姑との同居。わずか一年で妊娠。
喘息の持病による、投薬。未熟児・奇形児・先天性疾患の可能性。
その頃は自営業でしたので、跡取りも望まれたでしょう。
結果、生まれた女児。
いろんなストレスもあったでしょう。
もっと、遊びたかったとも思ったでしょう。
中絶という選択は、なかったでしょう。
母が救われたのは、私が五体満足な健康児だったことでしょう。
私は、母の苦労を知っています。
母の苦労は、時に、子供の苦痛です。
もちろん、育ててもらうこと、その苦労はありがたいことです。
でも、ありがたいだけではないんです。
何度も、「産まない選択ができれば、母にとって良かったんじゃないか」そう思いました。
だから、余計に、子供は、どの子も望まれて生まれて欲しい。
現実は、その通りにいかないのは、わかります。
でも、以前よりは、<選択>が可能な時代です。
(男も女も)短慮でなければ、回避できることも、多いと思います。
誰もが危惧するように、<短慮の増長>につながらないで欲しい。
本当にそう思います。
性についてオープンに話せる時代になったのなら、
性についての教育も、「若いうちは仕方ない」で終わらせないで欲しい。
そういう意味で、今の子供は、自由すぎると思う。
親の配慮は必要だと思う。
きっかけがどうであれ、産まれて、幸せに育つ子は、もちろんいます。
だから、すべての場合が悪い、というわけではないです。
ただ、それは結果から見た価値なんです。
未来を見る場合、良いか悪いかは、まったく分からないんです。
・・・・まぁ、短慮な行動の場合、それを考えない結果なんでしょうけど。
なんか、興奮しすぎてて、考えがまとまってないので、
文章も、まったくまとまってないですね。
機会があれば、再考して、改めて記事にしたいです。
どうなるんでしょう。
利用されるにしろ、利用されなかったり、利用される前に撤去になるにしろ、
望む事は、ひとつですね。
子供が、幸せでありますように。
追記1
以下にあげてあるような参考記事を読みながら思った事。
私が納得いかない部分は、ポスト自体の存在や、
子育ての放棄についてよりも、その匿名性について、なのかもしれません。
匿名で子育てを放棄するのではなく、
困難だった場合に、社会にゆだねることができれば、とは思います。
まぁ、依然、今も「捨てられる子供がいる」という緊急事態ですので、
悠長なことは言ってられない、という部分は、ありますが。
それにしても・・・・匿名ってのは・・・やっぱりなぁ。
追記2
里子にならない場合、その子は誰が育てるんですか?
子育てがラクじゃないのは、既知の通り。
経済面しかり、体力面しかり、精神面しかり。
老人ホームの虐待なんかもありますね。
人間の面倒を見るって、なかなか大変です。
ないとは思いますが、預けられる子供が増えた場合、
そして、その費用を病院が支えられなくなった場合、
寄付金でも追いつかなかった場合、
結局は、国・税金でまかなうことになるんでしょうね。
宗教観もあるのかなぁ。
でも、気持ちだけでは、人は育たないんですよ。
資本主義国日本・・・・・・。
**こんな意見ありました。**(以下、適宜更新中)
ぷにっと囲碁!なブログ 〜囲碁とほっぺたが大好きな人の日々のつぶやき。〜 | 赤ちゃんポスト…出来れば使われて欲しくないけど…。 「消極的賛成」とのこと。
記事が読みやすく、意見もわかりやすかったです。
SEX-Therapy【セックスセラピー】 by Mari Okawauchi: 「赤ちゃんポスト」という“通称”に踊らされないでください。事の本質が見えなくなってしまう危険性があります。 賛成派にあたるでしょうか。現実問題が的確です。
そうなんですよね、実際、苦しい状況の母親がいるわけですから。
色々考えて、産んだ結果だけれど、ノイローゼになってしまう場合もあるでしょうし。
でも、そんな場合こそ、匿名などにせず、社会に支えられるべきだと思うんですよ。
できないこともある。→できなくてもいい。→責任もとらなくていい。
それは違うと思うんです。
子育てが出来なかったら、できなかったなりに、責任の取り方があると思うんです。
責任をとるのに、匿名はないと思うんです。
ともあれ、この記事の母親についての記述は、かなり納得。
母親神話、怖いですね。恐ろしいですね。
天竺堂通信:赤ちゃんポスト考 こちらも賛成派。
冒頭の火事にたとえられた文章は、考えさせられます。
確かに、緊急だ。火事を目の前に、火の用心は、ない。確かに、ない。
S嬢のPC日記 「赤ちゃんポスト」と報道 上記の天竺堂通信を踏まえて。
コメントに筆者同士のやりとりもありました。
コメントでの考察にうなりました。むむむ。
本当に一朝一夕では割り切れない問題です。
てくてくjp - どうでもいいこと 記事の中に抜粋がありましたが、メルマガの文書のようで、参照できませんでした。
あと、過去記事もあるようでしたが、そちらもちょっと読んでないので、
前後関係、あやしいですが。
恐ろしい内容です。
まぁ、これが現実・・・なのかな。
ポストは最悪な母のためにあらず。最悪な母の元に生まれてしまった子のためだ、と。
一番、考えたくない方向ですが、これが現実か・・・・・・。
うぅ。悲しすぎる。
最悪な母を作らないことを、上で主張してきましたが。
うぅ。どんな教育をもってしても、悪人はなくなりはしないのか。
(少なくはなるでしょうが。)
こう言われると、確かに、共感できなくはない。
匿名にすることで、最悪な母から子供を救えるなら。
確かに、そう、思えてきます。
うぅぅぅ。悲しすぎる。
「赤ちゃんポスト」児童福祉の現場から - [子育て事情]All About ポストに置かれた赤ちゃんの行く末と、現在の手放された子供について。
預けられた子供たちの現実が、ここにあります。
「命は大切」なんて、当たり前のように語られるけど、
かけがえのないものだから、守るのは、本当に大変。
簡単に「守らなきゃ」なんて、言えるのでしょうか。
守る事もできないのに。
諦めるわけではないんですけれどね。
ほんと、子供をつくる・子供ができるということを、
もっともっと重く受け止めて欲しいと思います。
(その反面、少子化問題など、「案ずるより産むが安し」と思ったほうがいいのかな、とも。)
どうもこんにちは。都筑てんがと申します。
トラックバックさせて頂きました。
http://punigo.jugem.jp/?eid=300
なんか、数ある「バッドエンド」の中の、一番救いようのある「バッドエンド」を選択する…みたいで、非常に悲しい問題なんですけど…。
自分は「消極的賛成」という立場を取らせて頂いてます。
…。
……。
………。
…しかし、「育てられない」のに、なんで「産む」を実行してしまったのかなぁ…。
周囲の「産め産め節」に負けてしまったのかな…。
それとも、ただ単に、快楽に溺れてしまったからかな…。
誰かに強姦されて、誰にも言えないまま、産まざるを得なくなってしまったのかな…。
…。
……。
………。
…出来れば、このポストが必要とならない世の中になって欲しいです…。
…ていうか、こういった「望まれない妊娠・出産」を、少子化担当の柳沢さんは、どう思っているのか聞いてみたい今日この頃です。
■都筑てんが様
こちらからも、トラックバックさせていただきました。
>なんか、数ある「バッドエンド」の中の、一番救いようのある「バッドエンド」を選択する…みたいで、非常に悲しい問題なんですけど…。
こちらの意見、同感です。
消極的賛成の意見にも、賛成です。
画期的な面はあれども、どうにも納得がいかない感じですね。
ヒノキオケさん、はじめまして。
拙文をご紹介くださいまして&リンク&トラックバック、ありがとうございました。ジャーナリストの大川内です。
お礼が遅れまして失礼いたしました。
本当は、わたしは里親制度や養子縁組の制度が拡充され、日本でもごくごく一般的なこととして積極的に行われるようになっていくことを願っています。
それが「ひとつの家族のカタチ」としてあたりまえのこととなるように。
いまの日本は血縁信仰が根強く、またこれは拙ブログでも、出産後300日規定問題にからんで書いたのですが、婚外子とその母親に対する差別は、厳然としてあるのが現状です。
> 匿名で子育てを放棄するのではなく、
> 困難だった場合に、社会にゆだねることができれば、とは思います。
事例を挙げると、「子どもができたら結婚しようね」という話をしていて、実際に妊娠した。堕胎可能な期間を過ぎて、突然男性に逃げられた。などということもあります。
いまの日本社会では未婚のシングルマザーという選択をするのは、そう容易なことではありません。
社会にゆだねたくとも、その受け皿が十分ではないのです。
(※長くなったので続きです)
「自業自得である」というご意見もあるかもしれませんが、それは少々酷です。
> できないこともある。→できなくてもいい。→責任もとらなくていい。
> それは違うと思うんです。
> 子育てが出来なかったら、できなかったなりに、責任の取り方があると思うんです。
> 責任をとるのに、匿名はないと思うんです。
わたしのブログ記事は、(こういう言い方はしたくないのですが)「子どもを“捨てる”という選択肢が浮かぶような親なんかから、子どもを守る」というニュアンスも言外に含ませてあります。
母性神話にご興味を抱いてくださったようなので、近々アップしようと考えております。
また遊びにいらしてくださると幸いです。
(アップされなかったら催促してあげてください(笑))
長々と失礼いたしました。
ありがとうございました。
■大川内さま
コメントありがとうございます。記事、参考にさせていただきました。
文化的な側面から、色々と苦悩されている女性も多いと思います。
ただ、やはり「結婚」「出産」どちらに置いても、十分な考慮をした上で、個人の責任によって判断すべきだと思っています。
結婚にしても、「男性に逃げられた」という場合、女性はもちろん被害者でしょうが、その男性を信じたことが、自分の判断ミスで、自業自得だったと、<自分で>思える、という意味です。
人から、「それは、自業自得だよ」と諭されるという意味ではありません。
自分で「自業自得だったなぁ」と納得する形もある、という意味です。
>「子どもを“捨てる”という選択肢が浮かぶような親なんかから、
>子どもを守る」というニュアンスも言外に含ませてあります。
記事中に紹介させていただいた「てくてくjp - どうでもいいこと」様でも書かれていましたが、そういう親がどうしても存在するということは、なんだかとても悲しいことです。
やはり、教育や道徳、習慣、文化などでは、どうにもならない部分もあるのでしょうか。
悲しいことです。